川柳 緑
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えぼけまなこびじゅつてんみてあるき

画惚美術展回遊記

夏の終わりのまなこ遊び(二)
    ーベルリンの至宝からロシアのレーピンまでー

承前

 二つ目は、同じ二十九日の午後、同じ上野の、上野の森美術館で観た、『ツタンカーメン展』で、「黄金の秘宝と少年王の真実」の副題を持っていた。全てエジプト考古学博物館から来た百余点の出展である。

 人気高く、一時半に入場券を購入し、整理券を貰うと、二時十五分集合とある。時間どおりに集合すれば、それから列を成して並び、漸く二時半に入館ができた次第。

 今度は、午前の芸術世界が、阿呆らしくなるほどの、紀元前へ十四、五世紀も洗った時代の美術世界に、誘い込まれることになった。午前に見た十五世紀からの作品群から測ること三千年の昔の、同じ人類が作った造形世界だと考えると、眼に入ってくる古代エジプトのその色と形の見事さには、些かオーバーだが、唖然呆然、虚脱状態に陥ってしまう有り様である。

 かつて、カイロのエジプト考古学博物館で、ツタンカーメン関連の絢爛たる遺物群を巡った時の驚愕の体験が、そのまま再体験されたような錯覚を持てるほど、今回展示されたカイロの博物館の遺品群は、一寸こじんまりと縮まりはしているものの、その絢爛さにおいては変わらぬ魅力を再現させていたのである。

 展示は、家具・調度、宝飾品、彫像から成り立っていた。

 家具・調度では、小さい陶器やガラスの電や容器には彩色模様が施され、往時の貴頭たちの豊かな色彩に取り巻かれた暮らしの華やぎが連想され目を見張る。象牙造りで金張りの化粧品の容器や、金箔で飾られた木の箱や、象牙と金とで飾った黒檀製の肘掛け椅子などがあった。

 宝飾品では、金銀とラビラズリやトルコ石等の宝石やガラスで飾ったツタンカーメン王の胸飾り、同じくスカラベ付きのプレスレットや、鳥のように両翼を広げたスカラスを中心に置いた胸飾り、更には金に象嵌の細工を施した襟飾りや、羽を広げた車の形を刻み取った黄金製の胸飾りなどが、鳥や虫の実物大の大きさで造られており、王の立場の大きさを表徴するかのごとく残されていた。

 そんな中で、三艘の木製の用、長さ一メートル超の二艘とその倍はあろう一艘とに出会った。船側はどれもが、美しく彩られ、小さい方の一般には真ん中に帆柱一本、船尾に一本の櫂が、大きな一艘には後尾に二本の櫂が取り付けられていた。

 これらの美しい舟が、発掘された墓の中から出てきたことを思うと、これらは、墓の主が冥界の海を渡るためのものであろうと想像がつくが、その冥中の闇の海こそは、造られ閉じられた墓の闇の中に造成されたものだと、何故かつくづく思われてくる。

 それあってか、改めて展示物の豪華絢爛ぶりが、冥界からの幻像としての実在のように思われてきて、この展覧に対する鑑賞気分を妙にする。

 その冥界に生きるべく、闇の中に封じ込められた、多くの人物像こそは、何と言っても、本展の最大の魅力だった。

 この展覧会では、まず冒頭に、岩を掘り刻んだ身の丈百五十センチ位のツタンカーメンの立像があったが、被った頭巾の下の、目を見開いた王の顔は若く引き締まった良い顔立ちである。それに七十センチあるかないかのアメンヘテプ二世の木製の立像が立つ。足首から前と右腕が欠けているが、くぞ残ったものと驚く。更にその先では、三十センチくらいの木彫の女性の立像に会う。恐らくそれが小さかったせいで殆ど欠損のない姿を残し得たのであろう。貴夫人レシと呼ばれているらしいが、顔の黒目、襟元の金箔の飾り、胸先まで下がる編んだ髪の房の細かな彫りが、可憐な娘らしさを現し示していた。

 それに続いて、シャブティと呼ばれる陶器の持仏並の大きさの、ミイラ型小像に何点も出会う。そんなシャブティの中で、最高の傑作は、ツタンカーメンの木製のもので、額にコブラと輪の付いた愛を冠り、金箔で覆われた幅広い襟飾りと腕輪を付け、腹部から足先まで、金箔で描かれたエジプト文-字による四行の呪文を鮮やかに残している。像が小さいだけに、その眉と眼の黒く描かれた表情は、笑みさえ見せていとおしい。

 しかし、その途中には、何点もの頭部の像があり、これが結構見応えがあった。中で一つは百五十センチはあろう高さの、アクエンアテン王の巨像の頭部だった。コブラの首型を額に付けた頭巾を被った面長な王の顔と、その上に高く延びるダチョウの羽?の造形とから成っているが、その顔面の彫りは、遠くに放たれている眼差しが、長い鼻と、言葉を発しそうな口元の唇と相俟って、悠揚な王の大きさを伝えている。今一点は、王女の頭部像という、三十センチほどもない小さな女性の頭部で、その頭は毛のない丸坊主であり、その後頭部は、顔面から三十センチ位後に突き出ている珍しい造形だった。しかしその頭部は、その円らな目、厚い層と共に、愛らしいイメージをこちらに齎してきた。

 そして、ものの見事に金箔で覆われた木製の彫像たち。その始めは、七十センチ位の丈の、二体の、左手に細い杖を持ち、左足を半歩前に踏み出し、王冠を冠って立つ、ツタンカーメンの像である、眉と目だけが黒で描かれているのは、エジプトの造顔一般に通じるものだ。どちらも肩から幅広の襟飾りを付け、腰布を垂らし、サンダルを履いており、その姿は細身でうら若い。以下、五、六十センチの、「ホルス神像」「プタハ神像」「ドゥアムウトエフ神像」の立像に出会い、その金ぴか振りに瞬きが盛んになる。

 揚げ句、止めは、ツタンカーメンの半身像になるのだが、これも七十センチ程の木彫で、その腕のない上半身は、何も纏わず王冠のみを冠り、その冠と首から下とに金箔が施され、顔は茶がかった肌色に着彩されているが、点々と肌色がはげ落ち下塗りの白が見えている。にも関わらず、魅力的なイケメンに仕上がった若者らしい顔立ちは、まさしく明眸と呼ぶにふさわしい傑作の力を持っていた。

 会場の最後を飾った締めは、同じく人体の型をした黄金の木棺と、著名な絢爛豪華で美しいシタンカーメンの棺をそのまま小型化した、指型のカノポス容器(注3)だった。前者は二メートルは越ず女性の棺で、箔の全く欠けていない黄金色が眩しく、方解石の目のやや吊り上がった眦と、吊り上がり気味の口角とが、この女性――どうやらツタンカーメンの曾祖母に当たるらしいーの顔に不思議な笑みを作り出している。

 そして、カノポス容器の方は、丈四十センチ程の小振りな物だけに、金に赤や青の宝石をちりばめた繊細な作りが、これまた念持仏に近い親しみをこちらに齎し、展覧会の後味をよくしてくれたものである。そして、この後味を私に齎してくれた者が、これらの遺品を造形した無名の魔大な技術者たちであることを、あらためて思わないではいられなくなった。

 唖然呆然は、それにこそ捧げられたものだったのだ。

 

注3

 死者の臓腑を納めるをカノポスと言い、一般に臓器毎に入れわけた四つの事を一組にして容器に納る。実際、この棺には、ツタンカーメンの臓器が見つかっているという。

 

(二〇一二、九、八)

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