二〇一〇年、今年の展覧会回遊記は、愛知県美術館における『古代ローマ帝国の遺産・大ローマ展』から始まったのだが、何と奇妙なことに、それから夏までに三回にわたって口ーマの美術・博物の展覧会を観ることになったのには驚いた。しかも、顧みてその三回のどれもが、その展示内容においてそれぞれに特徴があり、私にはそれぞれが面白く、充実した見甲斐のあるものだったのである。そこで、古代ローマに関する遺産展の回遊記は、三回を一纏めにして記すことに決めた。
一
まずは今年の初詣で、『大ローマ展』から。これは一月九日の土曜日に妻と出掛けた(この時、母の暮らしに、異常はまだ何も見られなかったのだ)。展覧会は、その殆どをナポリ国立考古学博物館から借りた、一二〇点ほどの作品によって催されたものだったが、その彫像といいフレスコ画といい、半端物を持ってきた感じがあまりなく、「大ローマ」と称することに、私には珍しく、冷や水を浴びせる気は起こらなかった。シーザーの死後、ローマがアウグストゥスによって帝国としての確立を見た、その隆盛繁栄への証左として、出展作品はよく機能していた。
展示は先ず「帝国の誕生」と題して、大理石の胸像五点とブロンズの胸像一点と二メートルは越す大理石のアウグストウスの座像から始まった。
大理石の胸像には鼻の欠けた二点もあったが、見苦しい無残さはなく、ブロンズのティベリウス(アウグストゥスに次ぐ二代目皇帝)の青年像などは、その眼が大理石像にはない鮮やかな生々しさを持っていて、こちらも思わず目を見張る見事な出土品である。一方座像の皇帝は、左肩から腰にマントを掛けた月桂冠を冠っている裸像で、左手にさして太くない円筒を握り、その腕を構えるように差し上げて、左足を、その親指を反り上げ気味に踏み込んだ、貫禄もあり堂々たるものだ。「ユリウス・クラウディウス一族の若い女性の胸像」「ガイウス・カエサルの頭部」の、幼さを残した大理石の顔なども、小振りなだけに慕わしくなる気持ちを呼び出してくれた。
次は、「アウグストゥスの帝国とその機構」と題して、三十点ほどの作品によって構成されていたが、そのほとんどが、神話的世界に関わる大理石やブロンズの像と、フレスコ画の壁画の断片とから成り立っていた。ここにはフィレンツェの博物館からの三点があったが、その中一点は、「カリアティド(注1)」と題した二メートルを優に越す着衣の、直立した大理石の女性像であり、もう一点は七十センチはあろう大きさの「有髭の男性神の頭部」の大理石の浮き彫りであったが、とりわけ男性神の彫りの深い豊かな髪の中の表情は、眉間に皺を寄せた大きな眼眸によって、ある愁傷を刻んでいるのがよかった。
しかしフィレンツェの三点の中では、「アレッツォのミスルヴァ(注2)」というブロンズの立像一点は、それが特別に他から別して、一体だけで展示されていたせいかもしれないが、高さ一メートル五〇位はあったろうか、大理石像とは異なるプロンズ像で、こんな人体像に出会うことは、私には滅多にない貴重な収機になった。ブロンズの表面には緑の錆びが広く浮着して、それがこの像の時代の箔を作りあげて、その魅力を深めている。
但しブロンズ像は完全な形で出土してはいない。襟首の所で頭部と胸部との間に欠落部分があり、右腕を欠いてもいる。。頭部は、コリント式のシンプルな兜を被り、首筋に束ねた頭髪を下げた女性の顔が正面を向く。胴体はギリシャ式衣服を裾長に着し胸部には鎧の胸当てを付け、腰から肩を巻いたマントを持つ左手が腰を支え、それに応えるかのごとく左足先が少し後ろに引かれている。像の置かれた台の高さから、像をやや仰ぐ形になったが、お陰でミネルヴァの体躯が堂々として見える。それに何より、見開かれたミネルヴァの眼が、先ほどのティベリウスのブロンズの顔とは違って、完全に空洞になっていて魅せられる。そこにある底の見えない真っ暗な眼差しの持つ力が、破損箇所を持った緑のこのミネルヴァ像を、この上ない宝に仕立てている。私にとってこれは得難いい収穫だった。
彫像では他にアポロの大理石立像やアルテミス(ダイアナ)のブロンズ半身像などがあったが、印象がミネルヴァの足元にも及ばない羽目になったのは気の毒な限りだ。
一方、フレスコの壁画の方は、七・八〇センチの方形のものが多く、予想通り色彩は赤茶けたものが多かったが、その図柄は十分見分けが適うもので、皹(ひび)が入ったり、画面が欠落したりしているものが少ないのも、気分のいいことだった。「竪琴弾きのアポロ」「カノポスのイオ(注3)」「セリフォス島のダナエ(注4)」「ディオニュソスとアリアドネ(注5)」「酪餅のヘラクレス」「セレネとエンデュミオン(注6)」等のフレスコ画が、それぞれに物語り的な場面を形作っている。
これらの壁画は、おそらく色々な家の部屋の壁を飾っていたのであろうが、それを飾った往時のローマ人たちは、その絵の物語的場面を目の前にし、それに囲まれることによって、虚構の神話的世界に自らを虚構化し溶け込ませて遊ぶ暮らしを、日常にしていたことになろう。その、昔のローマ人の暮らしを忍ばせる遠さが、そのまま、シャープな線を持たぬこのフレスコ画のおぼろな色調に、溶けるように応じているように感じられる。
そして、南イタリアの屋外の日差しの明るさの中に、その壁画のある部屋の暗さを想定すると、虚構の神話的世界に遊ぶ虚構的想像空間の冥漠が、間違いなく深みを帯びるように思われ、いささか気味悪くなってくる。そして、アウグストゥスによって齎された輝かしいローマ帝国の、明るい日差しの日常の中での虚構的な神話的世界に遊ぶ構造は、それこそ、この章に題されていた「帝国とその機構」の、まさに「機構」の実体を語っていることになるというわけか。
こうして、残りの六十点余の作品は、「帝国の富」の章に纏めて展示されていた。
そこでは金・銀の貨幣、銀の酒杯・カップ・皿などの食器類、金・真珠・エメラルドによるイヤリング・指輪・腕輪・ネックレス等の宝飾類の他、ブロンズ製のランプ・サモワー、ル・鼎・酒のような家具までの広範囲にわたる展示になっていた。
とりわけ、ブロンズの家具の台座や、その脚部や把手に彫られたシレノス、サテュロス、スフィンクス、エロス等の顔や姿は、小さいながらその眼球まで定かに彫られた、好奇心を刺激するもので、日常こういう細かな細工から全く無縁になっている自分などは、顔をついつい近づけるだけ近づけて像と眼差しを交わそうと目を凝らすことになってしまう。こうした小ぶりな家具類の小さな美的世界に対して、今一一つの見事な出展作品は、フレスコとモザイクによる色彩豊かな壁画の大作四点だった。
ただ、その内、ローマ神話を基にしたフレスコ画「ラオメドンの宮廷(注7)」の一点は、縦二メートル、横三メートル五〇ほどの大きなものではあったが、上半部の殆どが欠落し、下部の絵の具の色が擦れて消えかかっているということもあって、赤茶けた絵だというだけの、全く興を殺がれるものだった。それに対して、屋敷の一部屋の南面と東面を飾っていたという「庭園の風景」と題する二点のフレスコ画は、下部の庭園の樹木や花の部分共に、鮮やかに残されていて、赤いフレスコ画が多かっただけに、その発掘と保存が嬉しくなり、心が涼やかになってくる。南面の縦横三、五メートル大に対して、東面は三メートル近い幅に、南面と同じ高さを持ち、その上に更に一メートルの円蓋部分を持った、南面に比して剥落の少ない見事な大作だった。深い緑の中にかなり細密に描かれた花や木々の枝葉と、そこに留まる小鳥たちの姿を見込んでいると、その鳥の声が聞こえてくる錯覚に陥りそうになる。
そしてモザイクの一点は、高さ二メートル五〇、幅は二メートル位のアーチ型の正面奥に、奥行き一メートル五〇はあろう半円状の、家の中の天蓋を持った噴水の建造物に施されていた。正面の柱の外と中側、噴水内部の壁面、天蓋のそれぞれの位置に残されたモザイクが復元的に貼られている。その立体的復元展示が、展覧会を見事締め括っていた。ここでも内部の壁のモザイクが、フレスコ画同様庭園の風景を形作っていて、しかし嵌められた細かな石やガラスの、フレスコ画にはないきらめきに接すると、また特別な空間に誘われたように錯覚できて、展覧会最後のお土産になった。
また、この章には、実在の人体くらいの背丈の三体の大型石の全身像もあって、中でも「豹を抱くディオニュソス」と「ペプロスを着た女性」の二点は、まだ二〇〇三年に、東京剥落した部分こそあれ、残された色彩は、上部の装飾的部分、大学の発掘調査団によって新たに発掘されたものらしく、それで日本での出展が認められたもののようだ。この酒の神ディオニュソスの青年像の若々しい顔立ちには、まるでヴィーナスのような優しい美しさがあって、私がバッコスに抱いていたイメージとのあまりな違いに、思わず苦笑したことだ。それは、二千年を経て漸く蘇った者の初々しさの徴であったということかと、これも錯覚した。
(つづく)
注1
女性像を浮き彫りにして立てた大理石の柱を言う。「男性像のものはアトランテスと言う。
注2
「アレッツォ」は、イタリアの中部、フィレンツェの南東にある町で、そこから出土したことを示す。「ミネルヴァ」は、言うまでもなくギリシア神話における最高神アテネに相当する学問と技術の女神であり、戦の神でもある。
注3
「カノポス」は、エジプト、ナイル河添いにある都市。「イオ」は、ギリシア神話における、河神イナコスの娘で、ゼウスに愛されたが、妻ヘラの嫉妬を恐れたゼウスによって、牝牛に変身させられてしまった女性。
注4
「ダナエ」は、ゼウスとの間にペルセウスを儲けた女性だが、その父アクリシオスは、神託によって、娘ダナエと赤児のペルセウスを箱詰めにして、海に流した。その箱が無事に辿り着いた所が、「セリフォス島」である。
注5
「ディオニュソス」は、葡萄・酒の神バッコスのこと。「アリアドーネ」は、クレタのミノス王の娘で、テセウスのミノタウロス退治を助けたが、テセウスにナクソス島にうち捨てられ、そこでディオニソスに出会って結婚した。
注6
「セレネ」は月の女神。「エンデュミオン」は、美男子のカリア王で、セレネは彼に恋して、彼を不断の眠りに陥れ、夜毎訪ねて彼との抱擁を楽しんだと言われる。
注7
「ラオメドン」は、トロイアの王。ゼウスはアポロンとポセイドンにこの王の手助けをさせたが、この二人に対して何の報酬も与えない不実強欲ぶりを発揮した悪徳王である。